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ライナス・ポーリング博士とビタミンCブーム:ノーベル賞学者の数奇な運命

ビタミンCバックナンバー

前回、東京オリンピックにおけるアメリカチームのスポーツ科学、特に栄養学に則したコンディションの作り方が多くの日本国民に食事の機能性を知り、それを効率よく採ることを意識させたというお話をしました。

つまり、知識として新しい考え方を取り入れようとする土壌ができあがったといえるでしょう。
この土壌、例えるなら会話の中でよく出てくる
「あ、それ聞いたことある。良いらしいよね!」という意識の関連付けは、新たな情報に肯定的な意味付けを起こします。
脳科学的に言えば、「すでに知っている」という、神経回路を使う方が効率良いと脳が判断するために、好意を感じやすい傾向があるそうです。

そして、その情報が権威のあるところから出ていると、自分が好意を感じていることに対して「お墨付き」をもらえた様な気分になって大いに自信を持ち、更にそれを誰かと共有したい。と、このような連動が、いわゆる『ブーム』を引き起こす条件だと言われています。

その権威とはどこから来るのか

『ネイチャー』と『サイエンス』、そして『セル』。
人類の最先端科学研究の成果を知ることができる、最も権威ある三大学術雑誌です。

『ネイチャー』の名は今、論文を撤回したことで話題になっている、あの研究によってニュースなどで見聞きされたかと思います。

余談ですが、京都大学の山中伸弥教授が、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞したiPS細胞研究は、上述の『セル』に掲載された論文が注目を集めたことがきっかけとなっています。

ノーベル賞。言わずと知れた、物理学、化学、医学生理学、文学、平和、経済学の6分野で顕著な功績人物(平和賞のみ団体可)に贈られる世界的に最も有名な賞の一つです。

そこで今回は、そのノーベル賞を2回受賞した偉大な科学者についてご紹介していきましょう。

ライナス・ポーリング博士について

その名も、ライナス・ポーリング博士です。
1954年に「化学結合の本性の解明」によりノーベル化学賞、1962年に「地上核実験反対活動」が評価され、ノーベル平和賞を受賞しています。

余談ですが、単独でノーベル賞を2回受賞したのは博士を含めてたったの4人しかいません。

「核実験反対活動」に関しては、当時「原子核結合」の大家であった博士に対して、原子爆弾計画(通称:マンハッタン計画)が科学部門のトップとして招聘しますが、平和主義者であることを理由にこれを辞退します。

その後、核兵器実験の反対署名活動などを展開して世論を動かしたおかげで、地上核実験の一時中止、更には当時キューバ危機で、あわや核戦争寸前までにらみ合ったケネディ大統領とフルシチョフ書記長に「部分的核実験禁止条約(1963年)」のサインをさせることにまで貢献しています。

このことからも、博士が科学者としてだけでなく、人道主義者としても偉大であったことがわかりますね。

しかしながらその影響力と名声は、皮肉なことに彼の人生に影を落とすことになります。

博士のこのような政治的態度は、アメリカ国内を疑心暗鬼に陥れたマッカーシズム(通称:赤狩り)によって、共産主義者=危険人物と目されたため、初めてのノーベル化学賞の受賞式直前までパスポートを差し押さえられていたと言います。
当然、当時のアメリカ社会が、博士の功績に対して冷淡だったであろうことが容易に想像できます。

生化学者として

ここまで見てきて、なぜこのような科学者が健康食品に関係あるのかと疑問に思われたかもしれません。

ところがこのポーリング博士は、現代物理学の基礎となる『量子力学』の先駆者にして、分子生物学の草分けであり、無機化学、有機化学、金属学、免疫学、麻酔学、心理学、弁論術、放射性崩壊、核戦争のもたらす影響、という多方面の研究において多大な貢献をしているのです。

まさにルネッサンス期のレオナルド・ダ・ヴィンチ、日本で言うなら弘法大師空海のような、境界を自在に越えていける「超天才」だったと言えるでしょう。
実際に科学界では、ガリレオ、ニュートン、アインシュタインと並び称されているほどです。

その博士が提唱したのが「メガビタミン(大量摂取)療法」だったのです。

メガビタミン療法の毀誉褒貶

ポーリング博士は40歳の時に、当時は不治の病と信じられていた「ブライト病」という重い腎臓病にかかりますが、その頃はまだ珍しかった「低タンパク無塩食」で病気を抑制することに成功します。その時に処方されたビタミンとミネラルの効用に大いに着目し、その後研究を重ねていきます。

特に高用量ビタミンCについては、自ら毎日数g(通常推奨量は100mg程度)のビタミンを採りながら、更に臨床文献を調査し、1970年『ビタミンCと感冒』、更に『癌とビタミンC』を執筆し、世界中に一大ビタミンCブームを巻き起こします。

前述の「既知の情報」に世界的権威の「お墨付き」が加わったのです。ブームにならない訳がありませんでした。

しかしながら医学界からは似非療法だと非難を受け、一大論争を巻き起こします。
更にアメリカで優れた医療機関として名高いメイヨー・クリニックにおける臨床試験では、ビタミンCの癌患者に対する効果を証明できませんでした。

これに対しポーリング博士は意図的な誤りがあったとして反論しますが、折からの共産主義者というレッテルと、臨床試験の結果により博士の研究する「分子矯正医学」の信用は地に落ちてしまいました。

その後、このメガビタミン療法は忘れ去られていきます。ところが、博士の死後10年以上を経て、高用量ビタミンCが癌細胞に作用するという研究結果が提示されました。
またそれに対して、高用量ビタミンCの点滴投与が腎不全や下痢の副作用を引き起こす報告もなされています。

論文とは一つの可能性である。

このように生前は医学界からは無視され続けましたが、一般社会に対してビタミンやミネラルの疾病予防に対する栄養素の重要性を認知させた功績は計り知れないものです。
アメリカでサプリメントが広がったのは、まさにポーリング博士の研究によるところが大きいことは言うまでもありません。

そもそも科学雑誌に掲載される論文とは、最先端研究者たちの「仮説」に基づく「証明」という一つの可能性であり、その発表が全ての答えでは決してありません。

その発表された「証明」に対して、検証や反証を繰り返すことで科学は進歩していくのです。

実際に1973年に創設されたライナス・ポーリング研究所をはじめとする研究機関では、ビタミンCの生理学効果について現在でも臨床研究を繰り返しながら存続しています。

最後に、40歳で不治の病と診断されながらも、93歳までお元気だったポーリング博士の非常に含蓄のある言葉を引用して、今回を締めたいと思います。

「年とった、ひとかどの人物が話すときは、敬意をもってその人の話を聞きなさい。 – しかし彼のいうことを信じ込むんじゃない。あなた自身の理性に照らさずに信頼してはいけない。年寄りは、たとえ髪が灰色だったり抜けていたりしても、恐らく悪い事にノーベル賞受賞者だったとしても、間違っているかもしれない。…そう、だからいつも懐疑的でなくてはいけない。 – いつも自分で考えなさい。」

この言葉、ブームに流されやすい一消費者として、またそのことで恩恵を受けている健康食品業界の者として肝に銘じたいと思います。

今回のまとめ

ノーベル賞学者ライナス・ポーリング博士の唱えたビタミンC研究は、賛否両論を引き起こしたが、一般社会にサプリメントを普及させる大いなる役割を担った。

現在でもその効果に対して臨床研究がなされている。


参照・引用:
ウィキペディア:「ライナス・ポーリング」、[ノーベル賞」、「セル(雑誌)

ライナス・ポーリング研究所「ビタミンCはガン患者にとって有害か?」


最後までお読みいただきありがとうございました。
次回もお付き合いいただけると幸甚です。

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